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遺族年金の受給資格

国民年金 遺族年金の悲劇

本日は母親の月命日だ。お寺さんが月参りにみえた。

 

母も指吸会計という会計事務所に昭和29年から昭和43年まで勤め、性格的にも、頭脳も最期までしっかりした人であった。

 

そんな母だったが私から見て2つ残念なことがある。

 

1つは死因となったお風呂の事故の状況が分からないこと。母は生前、人間は独りで生まれ独りで死んでいくものだと言っていた。そのことからすれば、覚悟のことだったかもしれないが、残された方としてはどうしてそうなったのか最後に話がしたかったが、叶わぬことになってしまった。

 

あと1つは、経済のこと、中でも年金のことだ。

 

母は長年勤めていたのでその後も年金をかけ続けていれば、当然、年金も相応にもらえたはずだ。しかし、父の職業テーラーも、母の職業和文タピストも斜陽産業であったため、生活が苦しかったのか、はたまた日本国を信用していなかったのか、母は年金を脱退し一時金を取得した。(当時はそういうことができたようだ。)また、その後も父には国民年金保険料を支払っていたものの、自分は心臓弁膜症の持病があるため、長生きするはずがないとして国民年金保険料を支払わなかった。

 

そして平成3年5月父は58歳で亡くなってしまった。子が健常者の場合、遺族基礎年金の受給資格は死亡した者によって生計を維持されていた18歳到達年度の末日を経過していない子あるいはその子を持つ配偶者に限られている。当時私は大学4年生21歳、弟は高校3年生18歳であった。

 

結局、何十年も保険料を払ってきたにもかかわらず、遺族基礎年金は令和4年3月までしかもらえなかった。

 

幸い令和4年私が無事就職できたので、家計はなんとかなったが、母も必死でパートに出て働いた。

 

以後、母は86歳でなくなるまで30年近く無年金で過ごすことになってしまった。幸い生活保護を受けることはなかったが、自由になるお金はあまりなかったのではないかと推測する。

 

「国に逆らうことのおそろしさ」か「貧しさの連鎖か」。年金保険料は支払いましょう。

 

余談になるが、遺族厚生年金の場合で、年金をもらう方が妻のとき、死亡した者によって生計を維持されていたことだけだ。(30歳未満の妻の場合は5年の期間制限がある様だ。)

 

すると、もし、父の事業を法人でしていたとしたら、母は86歳の亡くなるまで遺族厚生年金をもらうことができたということか?

 

事業を法人化するか否かの問題はよく問われることだが、このことにも関係する事柄だ。

 

また、脱サラするか、否かの意思決定にも関係する。

 

知らないということは恐ろしい。詳しくは日本年金機構のホームページで確認していただきたい。

 

ちなみに兄弟姉妹はたとえ生計を死亡した者によって維持されていたとしても遺族年金の受給資格はない。